【保存版】寿司はいつ頃から食べ始められた?当時も高価?使われていた魚の歴史を徹底解説

寿司は今や日本を代表する食文化のひとつです。

しかし

「いつ頃から食べられ始めたのか」

「昔から高価だったのか」

当時はどんな魚を使っていたのか」を正確に知っている人は意外と少ないのではないでしょうか。

この記事では、寿司の歴史を古代から現代まで遡り、当時の価格感や魚の種類まで詳しく解説します。

歴史好きの方も、寿司ファンも必見の内容です。


1. 寿司の起源は古代東南アジアにあった

寿司のルーツは、日本ではなく古代東南アジアにあります。

稲作とともに伝わった「魚の発酵保存法」が原型とされ、川魚を塩と米で漬け込み、長期間保存する「なれずし」が始まりです。

日本では奈良時代(8世紀)に登場し、当初は滋賀県の琵琶湖周辺で鮒(フナ)を使った「鮒寿司」が代表例でした。

この頃の寿司はあくまで保存食であり、今のような生魚をそのまま食べる形ではありませんでした。


2. 室町時代〜江戸時代初期:生魚を使う寿司が登場

室町時代になると発酵期間を短くした「早ずし」が登場します。

この時期から、生魚や酢飯を組み合わせる形が広まり、味や見た目が現代の寿司に近づき始めました。

江戸時代初期には酢が大量生産され、保存と調味を同時に行える「握り寿司」の前身が生まれます。

ただし、この頃の寿司はお祭りや特別な日だけの高級料理で、庶民が日常的に食べられるものではありませんでした。


3. 江戸時代後期:握り寿司の誕生と価格

現在の「江戸前寿司」は、江戸後期(19世紀初頭)に誕生しました。

発案者として有名なのは、花屋与兵衛(はなや よへえ)で、1820年代に屋台で提供を始めたとされます。

当時の寿司は現在の約2〜3倍の大きさで、1貫で軽食になるほどのボリュームがありました。

価格は1貫あたり銭2〜4文(現代の感覚でおよそ300〜500円程度)とされ、屋台食としては

高級寄りでしたが、宴席料理よりは安く、庶民も特別な日に食べられる存在でした。


4. 当時の寿司に使われた魚

江戸前寿司という名の通り、東京湾で獲れる魚介が中心でした。

主なネタは以下の通りです。

  • コハダ(寿司の代名詞的存在。塩と酢で締める)

  • マグロ(当初は赤身よりも漬けや加熱調理が主流)

  • アナゴ(煮て甘ダレで仕上げる)

  • エビ(車海老などを茹でて使用)

  • ハマグリ(煮貝として)

  • タイ(祝い事用の高級魚)

現代のようにサーモンやトロが一般的になるのは、冷凍技術や輸入が進んだ戦後以降です。


5. 明治以降〜現代:寿司の全国普及と高級化

明治時代には鉄道網が発達し、地方にも江戸前寿司が広がります。

冷蔵・冷凍技術の発展により、北海道のウニやホタテ、北陸の甘エビなど、産地直送のネタも使われるようになりました。

昭和後期から平成にかけては回転寿司チェーンの登場で価格が下がり、寿司は完全に日常食へ。

一方で、銀座や築地(豊洲)では、今も職人が握る高級寿司店が観光客に人気を集めています。


6. 当時と今の価格差と価値観

  • 江戸時代:庶民にとっては「特別な日のごちそう」。屋台で気軽に食べられるが、日常的ではない。

  • 現代:回転寿司では100円から、高級店では1貫1,000円以上と価格差が極端。日常食と贅沢品が共存する。

昔も今も「寿司=ちょっと贅沢」というイメージは変わっていません。

ただし、その贅沢さのレベルは時代によって大きく変化しています。


まとめ

寿司は奈良時代の保存食「なれずし」から始まり、江戸時代後期に現在の握り寿司の形が完成しました。

当時は江戸前の地魚が中心で、価格は現代の感覚でもやや高め。

しかしその手軽さから、庶民の特別なごちそうとして親しまれてきました。

現代では高級店と回転寿司が共存し、誰もが気軽に寿司を楽しめる時代になりました。

ただ、その歴史を知ると、1貫の価値がさらに深く感じられるはずです。

寿司は奈良時代の保存食「なれずし」から始まり、江戸時代後期に現在の握り寿司の形が完成しました。
当時は江戸前の地魚が中心で、価格は現代の感覚でもやや高め。
しかしその手軽さから、庶民の特別なごちそうとして親しまれてきました。釣太郎

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