和歌山ショアマグロという時代があった ②

今晩は。白浜店スタッフ関口です。

今回は続きのお話を。

当時は、今のようにショアマグロ用のタックルが揃っている時代ではなかった。
とにかくすべてが手探りで、何が正解なのか誰にも分からない状態だった。

使える専用ロッドなど当然なく、メインで使っていたのはGTロッド。
リールは98ステラの10000番。
ダイワに至っては、まだソルティガが発売されておらず、TD-X6000が主力だった。

ルアーはGT用のポッパーやメタルジグ。
今思えば完全に流用だが、それしか選択肢がなかった。

数冊の雑誌を磯に持ち込み、
「今日は出るかもしれない」
その一瞬を信じて、ひたすらボイル待ちをする猛者もいた。

この釣りは、とにかく回遊待ち。
魚が来るかどうかは分からない。
だからこそ、週に3日から多い時で5日、磯で過ごすことも珍しくなかった。

南部、千里の浜で、水面がまるで沸騰したかのように湧いたこともある。
あの光景は、今でも強烈に記憶に残っている。

台風通過後、クロマグロが串本湾内に入り込み、
数週間にわたって居着いたこともあった。

一方、クロマグロではなくキハダに関しては、
当時の串本でショアから10キロ未満が稀に釣れる程度だった。

今のように串本でキハダの姿を頻繁に見られるようになったのは、
黒潮が蛇行し始めてからの話だ。

それ以前、水面から飛び出す魚といえば、
カジキかサメがほとんど。

そして不思議なことに、
カジキが飛ぶ日は潮があまり良くない。
他の魚も何も釣れない、そんな日が多かった。

その後、友人がオフショア船のキャプテンを始めたこともあり、
船での釣りにも足を運ぶようになった。

魚と出会えるかどうかは、運次第。
キャッチできるかどうかも、また運次第。

それでも、
あの時代だからこそ味わえた緊張感と期待感があった。
何も分からないからこそ、本気で海と向き合っていた。

タイトルとURLをコピーしました