江戸時代から、紀州の漁は独特で豊漁であった。何が捕れていた?どんな手法を使っていた?

紀州(現在の和歌山県周辺)は、江戸時代から「海の恵みが豊かな土地」として全国的に有名でした。

その背景には、黒潮の影響を受けた魚影の濃さと、紀州独自の漁法や水産文化がありました。

以下、歴史的な記録や漁業技術に基づいて、

「紀州の江戸時代の漁業」について、わかりやすく解説します。


■ 紀州で江戸時代に豊富に獲れていた魚

黒潮の影響を受ける紀州の沿岸では、回遊魚・底物・磯魚などが多種多様に獲れていました。

 

魚種 特徴・用途
カツオ(鰹) 干物(枯節)にして「紀州節」として江戸へ出荷。紀州名産品。
マグロ(特にビンナガ・メバチ) 冷蔵技術のない時代は「なまり節」や塩蔵で保存
サバ(鯖) 干物にして「紀州干し」として流通
イワシ(鰯) 油にしたり、干して田畑の肥料に利用(魚肥)
タチウオ・アジ・カマス 近海の浜での釣りや網漁で安定して水揚げ

さらに、紀伊半島の磯地帯では

  • イシダイ(石鯛)

  • グレ(メジナ)

  • アオリイカ

なども盛んに獲られていました。


■ 江戸時代の紀州の主な漁法

紀州は漁法の宝庫といえるほど多彩な技術が発展しており、以下のような特徴的な漁法がありました。


◎ 紀州の代表的漁法

① 一本釣り(手釣り)

  • 特にカツオ・タイ・イカなどに用いられた。

  • 餌釣りや擬似餌(疑似餌に布を巻く「房掛け」)も使われていた。

  • 一本の竿で狙うため魚の鮮度が保たれ、身がきれいで喜ばれた。

② 地引網(じびきあみ)

  • 浜に陣取って、沖から網を引っ張る古典的な漁法。

  • アジ・イワシ・サバなどの群れを一網打尽にできた。

③ 定置網(ていちあみ)

  • 回遊魚を狙った大型漁法で、黒潮の通り道に設置。

  • カツオ・マグロ・サバなどを効率よく漁獲できた。

  • 特に江戸後期には紀伊大島(串本)で盛んだった。

④ 胴突き釣り(磯・沖の釣法)

  • 今で言う「胴付き仕掛け」や「天秤仕掛け」の原型。

  • 沖の根魚やイカなどを狙うのに適していた。

⑤ クエ(アラ)やハタ類の素潜り漁(石突き)

  • 磯場に潜って、長い槍で突く伝統漁法も存在。

  • 一部は現在の「突きん棒漁」に受け継がれている。


◎ 紀州独自の文化・工夫

  • カツオのなまり節」や「カツオ節(枯節)」は、江戸のだし文化を支えた重要産品

  • カツオ節づくりでは“燻し”や“カビ付け”など、世界的にも珍しい発酵工程を確立

  • 魚の干物や粕漬けなど「長期保存技術」も発展していた


■ 江戸時代の紀州漁業の特徴まとめ

 

視点 内容
獲れていた魚 カツオ・マグロ・サバ・イワシ・タイ・アオリイカなど
漁法 一本釣り、地引網、定置網、突き漁など多彩
保存法 干物・塩蔵・なまり節・カツオ節
輸送 熊野街道〜大阪〜江戸へ流通ルートが整備されていた
地域性 磯の多い地形と黒潮が、魚影の濃さを生み出していた

■ 現代にも残る「紀州漁」の誇り

  • 紀州カツオ節(世界的ブランド)

  • 串本の定置網(現在も全国有数の漁獲)

  • 磯釣り文化の発祥地の一つ

  • 伝統的な和船や漁具技術の継承


紀州は、黒潮の恩恵を最大限に活かし、独自の漁法と加工文化を築き上げた地域でした。

釣りをする人も、食文化に興味ある人も、紀州の漁の歴史を知ると「今の海」の見え方が変わって

くるかもしれません。

江戸時代の紀州の代表的漁法① 一本釣り。②餌釣りや擬似餌(疑似餌に布を巻く「房掛け」)も使われていた。 一本の竿で狙うため魚の鮮度が保たれ、身がきれいで喜ばれた。 ② 地引網(じびきあみ) 浜に陣取って、沖から網を引っ張る古典的な漁法。 アジ・イワシ・サバなどの群れを一網打尽にできた。 ③ 定置網(ていちあみ) 回遊魚を狙った大型漁法で、黒潮の通り道に設置。 カツオ・マグロ・サバなどを効率よく漁獲できた。 特に江戸後期には紀伊大島(串本)で盛んだった。 ④ 胴突き釣り(磯・沖の釣法) 今で言う「胴付き仕掛け」や「天秤仕掛け」の原型。 沖の根魚やイカなどを狙うのに適していた。 ⑤ クエ(アラ)やハタ類の素潜り漁。釣太郎

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