日本にルアーが入ってきたのはいつ?|進駐軍が持ち込んだ戦後から始まった物語

今では当たり前となったルアー釣り。
実は日本に入ってきたのは意外と最近で、戦後の1950年代が始まりでした。
ここでは、ルアーが日本に広まった道のりを時系列で解説します。


戦前|ルアーの存在だけが伝わっていた時代

・明治末期から大正期にかけて、欧米の釣具雑誌や写真を通じてルアーという存在は一部の釣り愛好家に知られていました。
・しかし当時は輸入ルートが限られ、実際に使える人はほぼゼロ。
・一般の釣り人にとっては「幻の釣具」でした。


戦後1950年代|アメリカ兵がもたらしたルアー文化

・第二次世界大戦が終わった直後、進駐軍の兵士がアメリカから持ち込んだルアーが日本に上陸。
・スプーン、スピナー、木製プラグなどが米軍基地周辺で使用され、基地近くの釣り人の間で話題となります。
・特に1952年頃からは、横田基地や福生など関東エリアを中心に米兵がバス釣りを楽しむ光景が広まりました。
・これが日本のルアー釣り元年と言われるきっかけです。


1950年代後半〜1960年代|国産ルアーの誕生

・アメリカ製ルアーを手にした日本の釣具職人が模倣や改良をスタート。
・ダイワ精工(現グローブライド)やオリムピックなどがルアー開発に着手し、国内生産が始まります。
・この頃に作られたスプーンやスピナーは今でもコレクターに人気。


1970年代〜|ブラックバスブームと大衆化

・1970年代後半、琵琶湖を中心にブラックバスが一気に広がるとルアー釣り人口が急増。
・シマノやダイワがリール・ロッドと合わせて開発を進め、ルアー釣りが日本の釣り文化として根付きます。
・その後はシーバス・青物・トラウトなどターゲットが多様化し、ソルトルアーゲームも進化しました。


まとめ|戦後からわずか70年でここまで進化

・ルアー釣りが日本に入ったのは1950年代初期
・進駐軍のアメリカ兵が持ち込んだ道具がきっかけとなり、わずか数十年で国産化・大衆化へ。
・今ではエギングやジギングなど、海のルアーゲームも世界トップクラスのレベルに成長しました。


釣太郎からひとこと

釣りは道具とともに進化してきました。
今やバスだけでなく、青物やアオリイカ、シーバスまで狙えるルアーは無限の可能性があります。
釣太郎各店では、最新ルアーから定番スプーンまで幅広く取り揃えています。
「戦後のアメリカ兵が持ち込んだ一歩」から始まったこの歴史を、ぜひあなたの手で次の一歩へつなげてください。

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