「うわっ!デカかったのに!」
「あれは確実に60オーバー!」
釣り場でよく聞こえてくるこのセリフ。
そう、それが――**「逃した魚は大きい」**である。
この言葉、もはや釣り人の呪文に近い。
針が外れた瞬間から、魚は勝手に成長を始め、
気がつけばクエに化けている。
🐟記憶の中で“育つ”魚たち
逃げた魚に限って、
・やたら重かった気がする
・なんか引きがエグかった気がする
・いやむしろ目が合った(?)
しかも時間が経つごとに魚のサイズが拡張されていくのが不思議だ。
朝は「40cmぐらい」だったはずが、
昼には「50はあった」、
夜には「70あったで!」と倍増していることもしばしば。
🎣釣り人の“プライド保護機能”
この現象にはちゃんと理由がある。
人間には「釣れなかったことを認めたくない」という防衛本能があるのだ。
つまり、「逃した魚=本命だった説」を唱えることで、
釣果ゼロでも“実力はあった”ことにするという、
高度なプライド保護テクニックである。
実際のサイズ?そんなの関係ない。
逃げられた瞬間から、あの魚は伝説になるのだ。
🐡でも本当に“大物”だった場合もある(たまに)
ただし、中には本当に大物だったケースもある。
竿がしなる、リールが悲鳴を上げる、
「これ絶対ヤバい!」と思ったその瞬間、
バチンッとラインが切れて終了。
周囲の釣り人がざわつく。
「あれ、たぶんモンスターやったで」
その言葉を心の支えに、今日もその釣り人は海へと向かう。
✅結論:「逃した魚は大きい」は、夢とロマンの塊。
釣り人にとって、逃した魚はただの失敗ではない。
それは「次こそ釣り上げたい」という希望、
「まだ見ぬ出会い」へのワクワク、
そして「ちょっと盛りたい」エンタメである。
次こそ本当に釣り上げたとき、こう言おう。
「やっと伝説を越えた」と。


