「ボラの刺身?えっ…泥臭そう…」
現代の多くの人は、そんなイメージを持つかもしれません。
ところが今から50年ほど前(昭和中期以前)までは、ボラの刺身は料亭や割烹でも普通に提供される高級魚のひとつでした。
その理由を、当時の養殖技術の発達前夜の背景とともに、釣り人・魚好き向けに解説します。
■ そもそもボラは「出世魚」だった
ボラは古来より日本各地で食べられてきた魚です。
・「ハク」→「オボコ」→「スバシリ」→「イナ」→「ボラ」→「トド」
と成長と共に呼び名が変わる出世魚でもあります。
江戸時代の書物にも登場し、特に江戸前では寿司や刺身、なめろう風にして食べられていました。
■ なぜボラの刺身は当たり前だったのか?
今では「泥臭い」「匂いが気になる」と敬遠されがちなボラですが、50年前は刺身の定番にもなっていました。
その背景には以下の理由があります。
① 養殖魚がほとんど存在しなかった
・現在のようにブリ、マダイ、ヒラメ、トラフグなどの養殖が広まるのは1970年代後半〜1980年代以降。
・それ以前は天然物がほとんど。
・市場に並ぶ魚種も限られていた。
つまり、天然で手に入りやすい魚=ボラが重宝されたわけです。
特に冬場の寒ボラは脂も乗り、クセが少ないため刺身に適していました。
② 内湾や汽水域の水質が良かった
・昭和30〜40年代までは、今ほど港湾の汚染も進んでいなかった。
・大阪湾、東京湾、伊勢湾などでも比較的きれいな海域が多かった。
・そのため、ボラ独特の泥臭さが出にくかった。
現在は都市化や工業化により、水質悪化でボラの評価が下がった面もあります。
③ 「寒ボラ」は冬の高級食材だった
・冬の水温低下によりボラは脂を蓄え、泥臭さも抜ける。
・獲れたてを活き締め・血抜きすれば、透明感のある美味な刺身になる。
・昔の料理屋では「冬の寒ボラは天然マダイに匹敵する」とまで言われた。
この「寒ボラ文化」は、今も一部の漁師町では細々と残っています。
■ 養殖技術の発達とともに消えた「ボラ刺身文化」
1970〜80年代に養殖魚が次々と普及しはじめると、
・養殖マダイ
・養殖ブリ
・養殖ヒラメ
などの高級魚が安定供給されるようになります。
この結果、クセの少ない養殖魚が刺身の主役となり、**「あえてボラを刺身で食べる必要がなくなった」**のです。
市場のニーズが大きく変わったわけです。
■ 近年じわじわ復権の兆しも?
近年、一部の養殖研究やブランド化も進み、
・沖縄の「ミーバイ養殖ボラ」
・九州の「清流育ちのボラ」
など、臭みのない高品質なボラが再評価されつつあります。
また、釣り人の間でも
「冬場の活けボラは実はかなり美味い」
という口コミが増え始めています。
■ まとめ:ボラ刺身は時代の産物だった
・養殖技術が未発達な50年前は、天然魚中心の食文化だった。
・水質も良く、寒ボラの刺身は高級料理屋でも普通に提供された。
・養殖普及で高級魚が安定供給され、ボラ刺身文化は衰退した。
・今後は一部で「ボラ再評価」の流れも出ている。


