釣り場に残された弁当の容器。
タバコの吸い殻。
ラインの切れ端。
ほとんどの釣り人は持ち帰ります。
それでも、ほんの一部がゴミを捨てる。
なぜか。
今回は、心理学的な視点から整理してみます。
ゴミを捨てる人の心理構造
1. 「自分一人くらい大丈夫」効果
これは典型的な“拡散された責任”です。
・みんなが来ている場所
・既にゴミが落ちている
・管理者が見えない
こうなると人は責任を感じにくくなります。
「自分一人くらい」
この心理は非常に強い。
2. 匿名空間ではモラルが下がる
釣り場は“匿名”です。
名前も住所も出ない。
知り合いもいない。
人は「見られていない」と感じると行動の質が落ちやすい。
これは世界中で確認されている現象です。
3. 成功体験の誤学習
ゴミを捨てても何も起きなかった。
怒られなかった。
罰もなかった。
この経験が積み重なると、
「問題ない行動」として脳が認識してしまう。
これが最も厄介です。
4. 釣り場を“消費物”としか見ていない
自然を資源としてしか見ていない人もいます。
・釣れればいい
・帰れば関係ない
・また別の場所へ行けばいい
この思考は、
地域と関わりを持たない遠征型に多い傾向があります。
ただし、これは地元でも起きます。
問題は「想像力」です。
・この漁港が立ち入り禁止になるかもしれない
・地域住民が迷惑している
・子供が見ている
ここまで想像できるかどうか。
知識よりも、“他者への想像力”が大きい。
周囲の迷惑が理解できないのか?
理解できないというより、
考える手間をかけていない。
人は疲れていると倫理レベルが下がります。
・朝3時起き
・長距離運転
・釣れないストレス
こうした状態では、
自己中心的判断が増える傾向があります。
これは科学的にも知られています。
なぜ「釣り人」に起きやすいのか?
釣りは自然を相手にする趣味です。
管理者が常にいるわけではない。
監視カメラもない。
つまり、
“良心に委ねられた遊び”なのです。
その中で、
ほんの数%の人が崩れる。
それが目立つ。
そして全体が悪く見える。
これが一番悔しいところです。
本当に怖いのは何か?
一番怖いのは、
「慣れ」です。
最初は罪悪感がある。
次第に薄れる。
最後は当たり前になる。
この流れを止められるのは、
仲間同士の空気です。
解決策はあるのか?
あります。
・ゴミを拾っている人を可視化する
・釣り場に感謝する文化を広める
・釣果だけでなく“姿勢”を評価する
釣りは遊びですが、
自然を借りている遊びです。
ほんの一部の行動で、
港は閉鎖されます。
実際、全国で起きています。
まとめ
ゴミを捨てる人は、必ずしも知的水準が低いわけではありません。
想像力の欠如。
匿名性。
責任の分散。
疲労。
そして慣れ。
これらが重なると起きます。
しかし、
釣り人の大半は違う。
だからこそ、
“当たり前に持ち帰る人”が声を出すことが重要です。
釣り場は誰のものでもない。
でも、未来の釣り人のものです。
守れるのは、
今いる私たちだけです。

