日本一詳しい「ボラ」の教科書。なぜ「臭い」と言われる?出世魚の名前の変化、カラスミ、そして江戸時代の栄光まで徹底解説

みなさん、ボラをただの「外道」だと思っていませんか。

あるいは、「臭い魚」というレッテルを貼って、見向きもしていないのではありませんか。

実は、ボラほど日本の食文化と深く関わり、そして人間の勝手な都合で評価を落とされてしまった魚はいません。

今回は、日本一詳しく、そして愛情を持って、ボラの生態から歴史、そしてあの高級珍味「カラスミ」までを徹底的に解説します。

これを読めば、明日からボラを見る目が、ガラリと変わるはずです。


1. ボラの驚くべき生態と寿命

まず、彼らがどんな魚なのか。

ボラは、世界中の温帯・熱帯の海に生息する、非常にグローバルな魚です。

最大の特徴は、その適応能力の高さ。

塩分濃度の変化にめっぽう強く、真水の河川から、汽水域、そして外洋の磯まで、どこにでもいます。

■何を食べている? 彼らは「デトリタス食」といって、海底に積もったプランクトンの死骸や有機物を、泥ごと吸い込んで食べます。

その泥を消化するために発達したのが、前回お話しした「幽門(へそ)」です。

■寿命はどれくらい? ここが驚きです。

アジやイワシなどの小型回遊魚が数年の命であるのに対し、ボラは非常に長生きです。

環境にもよりますが、平気で10年以上生きます。

中には20年近く生きる個体もいると言われています。

あの大きなボラ(トド)は、厳しい自然界を10年も生き抜いてきた、歴戦の猛者なのです。

2. 大きさで名前が変わる「出世魚」

ボラは、ブリやスズキと同じ「出世魚(しゅっせうお)」です。

成長するにつれて呼び名が変わります。

そして、この呼び名が「関東」と「関西」で微妙に違うのをご存知でしたか。

【関東の呼び名】

  • オボコ(~10cm):子供の愛らしい様子。「おぼこい」の語源です。

  • イナッコ(~18cm):ルアー釣りでお馴染みのサイズ。

  • スバシリ(~25cm):すばしっこく走るから。

  • イナ(~30cm):「鯔(いな)」の背。若い衆の鯔背(いなせ)の語源。

  • ボラ(30cm~50cm):一人前の呼び名。

  • トド(50cm以上):これ以上大きくならない。「とどのつまり」の語源。

【関西の呼び名】

  • ハク(稚魚):キラキラして白いから。

  • オボコ(~10cm)

  • スバシリ(~20cm)

  • イナ(~30cm)

  • ボラ(30cm~50cm)

  • トド(50cm以上)

関東の「イナッコ」や、関西の「ハク」など、釣り人には馴染み深い言葉も、実はこの出世魚の過程なんです。

3. かつては「将軍の魚」だった

ここからが本題です。

なぜ、ボラはここまで嫌われるようになったのか。

時計の針を、江戸時代まで戻しましょう。

当時、ボラは**「高級魚」**の代名詞でした。

その美しい白身、適度な脂、そして歯ごたえ。

刺身はもちろん、吸い物や焼き物として、将軍家の食卓に上るほどの「御馳走」だったのです。

特に、寒の時期のボラはマダイ以上の扱いを受けることもありました。

「いなせな兄ちゃん」という言葉がありますが、これはボラの若魚(イナ)の背中の青黒い色が、粋(いき)だとされたことから来ています。

それくらい、庶民にとっても憧れで、身近で、愛された魚だったのです。

4. なぜ「臭い」と言われ始めたのか?

「将軍の魚」が「臭い魚」に転落したのは、昭和の高度経済成長期です。

理由はたった一つ。

**「水質汚染」**です。

工場排水や生活排水が海に垂れ流され、東京湾や大阪湾の水質は最悪の状態になりました。

ヘドロが溜まった海底。

そこで泥ごとエサを食べるボラ。

当然、その身にはヘドロの強烈な臭い(ケミカル臭)が染み付きます。

「ボラは臭くて食えたもんじゃない」

このイメージが、都市部の釣り人や消費者に強烈に植え付けられてしまったのです。

つまり、ボラが悪いのではありません。

人間の出した汚れを、ボラが一身に引き受けてしまった結果なのです。

現在、水質は随分と改善されましたが、一度ついた悪名はなかなか消えません。

しかし、和歌山・南紀のような、黒潮が洗う綺麗な海のボラは、江戸時代と変わらぬ「将軍級」の味を保っています。

5. 今でも重宝される地域がある

日本全国で嫌われているわけではありません。

食文化として、ボラを大切にしている地域は今でもあります。

  • 愛知県・三重県: 「ボラすき(ボラのすき焼き)」が有名です。 冬の脂の乗ったボラを、甘辛い割り下で煮て食べる。 牛肉にも負けない濃厚な旨味があります。

  • 千葉県: 「寒晒し(かんざらし)」といって、冬の冷たい風に晒して干物にする文化があります。 旨味が凝縮され、最高の酒の肴になります。

  • 九州地方: 刺身や洗い(あらい)として、日常的にスーパーに並ぶ地域もあります。

「臭い」というのは、あくまで都市部の、ある一時期の記憶に過ぎないのです。

6. 海の宝石「カラスミ」の正体

最後に、ボラを語る上で外せないのが「カラスミ」です。

これは、ボラの卵巣(卵)を塩漬けにし、塩抜きしてから天日で干し上げたもの。

ウニ(雲丹)、コノワタ(海鼠腸)と並ぶ、**「日本三大珍味」**の一つです。

なぜあんなに高いのか。

それは、手間暇と希少性です。

カラスミにできるほど大きな卵を持ったメスのボラは、そう簡単には獲れません。

そして、血抜き、塩漬け、塩抜き、乾燥と、完成までに1ヶ月近くかかります。

その間、毎日ひっくり返し、酒を塗り、形を整える。

この職人の技術と時間が、あのねっとりとした濃厚なチーズのような、黄金色の輝きを生むのです。

ボラの身は安くても、カラスミは「黄色いダイヤモンド」。

ボラという魚のポテンシャルの高さを象徴しています。


まとめ:ボラへの敬意を取り戻そう

いかがでしたか。

ボラは、汚れた海でも懸命に生きる生命力を持ち、綺麗な海では極上の味を提供してくれる。

そして、その卵は最高級の珍味となる。

これほど人間に貢献し、ドラマチックな歴史を持つ魚はいません。

「とどのつまり」、ボラは凄い魚なんです。

もし、南紀の海でボラを見かけたら。

「臭い魚」ではなく、「歴史ある日本の名魚」として、少しだけ敬意を払ってあげてください。

そして、冬の寒ボラが釣れたら、ぜひ一度味わってみてください。

その味こそが、ボラの名誉挽回になるはずですから。

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