フグ料理の代名詞「てっさ」や、高級なヒラメのお造り。
菊の花のように美しく皿に並べられた、向こう側が透けて見えるほどの薄い切り身。
これが「薄造り(うすづくり)」です。
一方で、マグロやブリの「刺し身」は、しっかりとした厚みがあります。
ここで、こんな疑問が湧きませんでしょうか。
「なぜ、わざわざ薄く切るんだろう?」 「薄くしたら、魚の味も薄くなってしまうんじゃないの?」
実は、この切り方の違いには、魚のポテンシャルを最大限に引き出すための、非常に深く、
科学的な理由が隠されているのです。
結論:「刺し身」と「薄造り」は目的が真逆
まず結論から。この二つの調理法は、魚の何を味わってほしいかという目的が全く異なります。
- 刺し身(平造りなど)
- 目的: 魚の身の**「味」「脂の旨味」「もっちりとした食感」**を味わうため。
- 対象魚: マグロ、ブリ、カツオ、サーモンなど。
- 身が柔らかく、脂が乗っている魚に適しています。厚く切ることで、口の中いっぱいに広がる魚本来の味と香りをダイレクトに楽しめます。
- 薄造り(うすづくり)
- 目的: 魚の身の**「歯ごたえ(食感)」と「繊細な旨味」**を味わうため。
- 対象魚: フグ、ヒラメ、タイ、カワハギなど。
- 身が非常に硬く、締まっている魚に適しています。
なぜ薄く切る? 答えは「硬すぎるから」
フグやヒラメといった薄造りにされる魚は、筋肉質で身に多くのコラーゲンを含み、
非常に硬いという共通点があります。
もしこれらの魚をマグロのように厚く切ってしまったら、どうなるでしょうか。
答えは**「硬すぎて、ゴムのように噛み切れない」**のです。
そこで先人たちは、この硬い身を美味しく食べるための技術として「薄造り」を編み出しました。
硬い筋繊維を断ち切るように極限まで薄くスライスすることで、あの強すぎる「硬さ」が、
心地よい**「歯ごたえ」「シコシコとした食感」**に変わるのです。
味のパラドックス:「薄いのに、味が濃い」は本当だった
ここからが本題です。
「薄いと味が薄くなるのでは?」という疑問にお答えします。
実は、薄造りは科学的に見ても、味を強く感じさせるための合理的な手法なのです。
理由は2つあります。
1. 舌が感じる「表面積」の最大化
味は、舌にある味蕾(みらい)というセンサーが、食べ物に含まれる旨味成分
(イノシン酸など)に触れることで認識されます。
薄く切ることで、一切れあたりの表面積が劇的に増えます。
口に入れた瞬間、舌に触れる面積が広くなるため、旨味成分が舌のセンサーに効率よく、
そして広範囲に伝わるのです。
その結果、一切れは薄いにもかかわらず、脳は「旨味が強い」としっかり感じ取ることができます。
2. 薬味やポン酢との「総合芸術」
薄造りは、魚単体でなく、薬味やポン酢と合わさって初めて完成する料理です。
- 味が絡みやすい: 表面積が広いため、ネギやもみじおろしといった薬味がよく絡みます。
- ソースを持ち上げる: ポン酢のようなサラッとしたタレも、広い表面によく絡みつきます。
通常、薄造りは一度に2〜3枚を箸で取り、薬味を包むようにして食べます。
これにより、**「魚の歯ごたえ」+「薬味の香り」+「ポン酢の酸味と塩味」
が口の中で一体となり、単体で食べるよりも何倍も複雑で豊かな味わいが生まれるのです。

