
南紀の静かな入り江に、ひときわ小さなヒメヤドカリが暮らしていました。
名前はヒメ。体は小さいけれど、誰よりも元気いっぱいで、波に揺れる砂地を歩きながら自分にぴったりの貝殻を探すのが大好きでした。

ある日、ヒメは光るように美しい巻き貝を見つけます。
今の殻より少し大きく、体をすっぽり隠せる理想のサイズでした。
「これなら大きくなっても安心」そう思ったヒメは、勇気を出して引っ越しを決意します。

ところが、その貝殻には先客の小さなカニが隠れていました。
「これはぼくの宝物だよ」カニは少し怒ったようにハサミを振ります。
ヒメは迷いました。奪うのではなく、話し合いたい。
小さな体でできる精一杯の声を出して、「あなたが出ていくなら、海藻を運んであげる。
その代わり、貝殻を譲ってもらえないかな」と伝えます。

カニは考えました。
ヒメが集めた海藻は、冬を越すために必要な食料になります。
「わかった。海藻と引き換えならいいよ」
こうして二人は、お互いに助け合う約束を交わしました。
ヒメは海藻を集め、カニは大切な貝殻を譲ってくれたのです。

新しい殻に移ったヒメは、前よりも遠くへ旅ができるようになりました。
波に揺れる海藻の森、カラフルなサンゴ礁。
そこには、まだ見ぬ仲間や食べ物がたくさんありました。
小さなヒメの世界は、一気に広がっていきます。
ヒメヤドカリの物語は、小さな体で大きな一歩を踏み出した勇気の話です。
譲り合いと助け合いがあれば、世界はもっと優しくなる。
ヒメは今日も、波のきらめく海で、新しい冒険を続けています。

