江戸時代におけるアオリイカの食文化については、以下の点が挙げられます。
- 地域による食文化の違い:
- 江戸時代には、地域によってイカの食文化に違いがありました。特に、沿岸部では新鮮なイカが手に入りやすく、様々な調理法で食されていました。
- 例えば、長崎の平戸や周辺の島々ではアオリイカを茹でてイカ墨であえた「イカの黒みあえ(くろまえ)」が祭りの日のごちそうとして食べられていました。
- イカ墨の利用:
- イカ墨は、料理の着色や風味付けに利用されていました。アオリイカのイカ墨を使った料理も存在したと考えられています。
- 「黒作り」と呼ばれるイカの黒煮がスルメイカやアオリイカで作られていたとの記述も残っています。
- 漁具「餌木」の存在:
- 江戸時代には、アオリイカを釣るための漁具である「餌木(えぎ)」が発明されました。これは、現在のエギングの原型となる漁法です。
- 薩摩藩(現在の鹿児島県)が発祥ともいわれ、西郷隆盛もエギでアオリイカを釣っていたという逸話も残っています。
- 一般的なイカの消費:
- 一般的にはスルメイカなどが乾燥させて保存食として流通し、食用とされていました。アオリイカは、鮮度が落ちやすい為、沿岸部での消費が主だったと考えられます。
これらの情報から、江戸時代においてもアオリイカは食用として利用されており、地域によっては独自の食文化が育まれていたことが伺えます。


