魚を冷やす「氷」はいつから一般化?冷蔵技術が変えた魚流通と地産地消の歴史

氷で魚を冷やす習慣の始まり

・日本で氷を利用した魚の保冷が一般化したのは 明治後期から大正時代(1900年前後) とされています。

・それ以前にも江戸時代から「天然氷」を夏に保存して使う技術はありましたが、価格が高く限られた地域や富裕層向けに限られていました。

・本格的に普及したきっかけは、明治維新以降に欧米から伝わった 製氷機や氷室の技術 です。

・1880年代には東京や大阪に製氷工場が建設され、氷を使った鮮魚輸送が徐々に広まっていきました。


戦前から戦後にかけての発展

・明治末期から大正時代には、鉄道網の発達とともに製氷業が拡大。

・大都市圏では氷を詰めた木箱や魚函を使った「氷輸送」が登場し、沿岸部から内陸へ鮮魚を届けることが可能になりました。

・昭和初期になると電気冷蔵庫や冷凍技術の発達により、都市部では安定した供給が可能となり、氷の価格も下落。

・戦後には全国的に氷を使った鮮魚輸送が一般化し、現代の「氷締め」「海水氷」などの鮮度保持技術につながっていきます。


氷普及前は地産地消が基本

・冷蔵手段がなかった江戸時代以前、魚は基本的に 漁港周辺での地産地消 が中心でした。

・塩漬け・干物・酢締めなどの 保存食 が発達し、遠距離輸送が難しい生魚はごく限られた高級品。

・京都の「鯖街道」や江戸への「鮮魚飛脚」のように、早馬や夜通し輸送で生魚を運ぶ試みもありましたが、鮮度維持には限界がありました。


現代への影響

・氷と冷蔵技術の普及は、日本の魚食文化を一変させました。

・生鮮魚介を遠方まで流通させることが可能となり、地方の珍魚や高級魚も都市部の市場に並ぶように。

・今日の回転寿司やスーパーマーケットの鮮魚コーナーは、この冷蔵・氷輸送の発展なしには語れません。


まとめ

・魚を氷で冷やして運ぶ技術は明治後期から大正時代にかけて一般化し、戦後には全国規模で普及しました。

・それ以前は塩蔵や干物などの加工品が中心で、生魚は漁村周辺でしか味わえない特別な存在でした。

・現代の「冷やして運ぶ」当たり前の仕組みは、わずか100年余りの歴史で築かれた技術革新です。

魚を氷で冷やして運ぶ技術は明治後期から大正時代にかけて一般化し、戦後には全国規模で普及しました。釣太郎

 

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