アオリイカの「漏斗」を侮るな
アオリイカは、水中で静止(ホバリング)したかと思えば、次の瞬間にはロケットのように消え去り、またある時は全方向に自由自在に動きます。
この驚異的な運動能力の「心臓部」とも言えるのが、頭の下(腕の付け根)についている**「漏斗(ろうと)」**と呼ばれる器官です。
多くの人は、漏斗を「墨を吐き出すための器官」あるいは「後ろ向きに泳ぐ(逆噴射)ための器官」程度にしか考えていないかもしれません。
しかし、それは大きな間違いです。
アオリイカの「推進力」「方向転換」「防御行動」のほぼすべてが、この漏斗の精密なコントロールによって成り立っています。
今回は、アオリイカの身体能力を支える、この驚くべき「万能ノズル」の秘密に迫ります。
漏斗とは何か? 基本的な仕組み
まず、漏斗がどのようなものかを確認しましょう。
- 場所: アオリイカの頭部(正確には頭と胴体の間、腕の付け根の中心)にあります。
- 形状: 柔軟な筋肉でできた管(パイプ)のような形状です。
- 基本動作:
- 胴体(外套膜)の隙間から海水を取り込む。
- 外套膜の筋肉を「ロートロック」と呼ばれる軟骨でロックし、水の逆流を防ぐ。
- 胴体(外套膜)の強力な筋肉を一気に収縮させ、取り込んだ海水を「漏斗」から高圧で噴射する。
この一連の動作が、アオリイカのあらゆる動きの源泉となる「ジェット推進」です。
秘密①【推進力】ロケットスタートを生む「力の源泉」
アオリイカの推進力は、漏斗から噴射される水の「強さ」と「方向」で決まります。
エンペラとの使い分け
アオリイカには「エンペラ(ヒレ)」と「漏斗」という2つの推進器官があります。
- エンペラ(ヒレ): 胴体の両側にあるヒレを波打たせて泳ぐ「波動推進」。 用途: ゆっくりとした移動、ホバリング(静止)、姿勢の微調整。
- 漏斗(ジェット推進): 海水を噴射して進む「ジェット推進」。 用途: 高速移動、急加速、緊急回避。
エギングでイカがヒットした瞬間にドラグを鳴らす、あの「ジイイイイッ!」という強烈な引き。
あれこそが、漏斗から水を最大出力で噴射して逃げようとする、ジェット推進のパワーそのものです。
彼らは、この「静」のエンペラと「動」の漏斗を使い分けるハイブリッド走行を行っています。
秘密②【方向転換】360度自在の「可変ノズル」
「イカは後ろ向きにしか泳げない」と思っていませんか?
それも誤解です。
アオリイカが「逆噴射」と呼ばれるのは、通常時、漏斗を頭側(前)に向けて水を噴射し、体が後ろ向きに進むからです。
しかし、漏斗の真価はその「柔軟性」にあります。
自由自在に動く噴射口
アオリイカの漏斗は、非常に柔軟な筋肉でできており、上下左右、360度あらゆる方向に向きを変えることができます。
- 後退(基本): 漏斗を「前(頭側)」に向ける → 体は「後ろ」に進む。(これが基本的な「逆噴射」)
- 前進: 漏斗を「後ろ(エンペラ側)」に曲げる → 体は「前」に進む。
- 横移動・旋回: 漏斗を「横」に向ける → 体は「真横」にスライド移動したり、その場でクルクルと旋回したりできる。
- ホバリング(静止): 漏斗の向きと噴射の強弱、さらにエンペラの波動を組み合わせ、流れの中でピタリと空中に浮いているかのように静止します。
つまり、アオリイカは「行きたい方向と逆」に漏斗を向けるだけで、前後左右、全方向への移動を瞬時に行うことができる、高性能な「可変ノズル」を標準装備しているのです。
秘密③【防御行動】墨を吐くだけじゃない「究極の回避術」
漏斗が最もドラマチックに使われるのが、敵に襲われた時の「防御行動」です。
これは、複数の行動がコンマ数秒で行われる、精密なプログラムです。
1. 墨(すみ)の発射口
まず、漏斗は墨を吐き出す「発射口」としての役割があります。
体内で作られた墨袋(墨汁嚢)は、漏斗の根元(直腸)につながっています。
敵に襲われると、外套膜を収縮させると同時に、水と一緒に墨を漏斗から噴射します。
2. 「墨ダミー」の生成
アオリイカの墨は、ただの「目眩まし(煙幕)」ではありません。
彼らは、墨に粘液を混ぜて、**自分とそっくりな「墨の塊(ダミー)」**を水中に作り出します。
3. 「逆噴射」による緊急離脱(本命)
ここからが漏斗の真骨頂です。 敵が「墨ダミー」に気を取られた瞬間、アオリイカは漏斗を敵の方向(=前)に向け、体内の水を「最大出力」で噴射します。
その結果、アオリイカ本体は、敵とは真逆の方向(=後ろ向き)に、ロケットのような猛スピードで緊急離脱します。
つまり、防御行動における「逆噴射」とは、 「墨のダミー(おとり)を残し + 敵から最も遠ざかる方向へ + 最大速度で逃げる」 という、漏斗を使った究極の回避術なのです。
釣り(エギング・ヤエン)と漏斗の関係
この漏斗の機能を知ると、釣りでのアオリイカの動きがより深く理解できます。
- エギング: エギを抱いた直後、違和感を感じたイカが漏斗を全開にして逃げる。これが「ジェット噴射のアタリ」です。
- ヤエン(泳がせ釣り): アジを抱いたアオリイカが、ゆっくりと後ろ向きに泳いで安全な場所へ移動します。これは、漏斗を前方に向け、エンペラと協調させながら「後退」している状態です。
まとめ
アオリイカの「漏斗」は、単なる墨や水の排出口ではありません。
- 推進力: 必要なパワーに応じて出力を調整できる「ジェットエンジン」
- 方向転換: 360度自在に動く「可変ノズル」
- 防御行動: 墨ダミーと緊急離脱(逆噴射)を同時に行う「脱出装置」
これらの機能を瞬時に切り替え、エンペラ(ヒレ)と完璧に連動させることで、アオリイカは水中を自由自在に舞うことができるのです。
次にアオリイカを見かけたら、ぜひこの高性能な「漏斗」の動きに注目してみてください。
釣太郎みなべ店で飼育しているので、じっくりとご覧下さい。


