冬の味覚の王様、フグ。
透き通るほど薄く引かれた美しい「てっさ(フグ刺し)」、そして滋味深い旨味が凝縮された
「てっちり(フグ鍋)」。
一度味わえば忘れられない、まさに至高の美食です。
しかし、ここで一つの素朴な疑問が浮かび上がります。
なぜフグ刺しは「ふぐさし」ではなく**「てっさ」、フグ鍋は「ふぐなべ」ではなく
「てっちり」**という、少し変わった名前で呼ばれるのでしょうか?
実はこの呼び名には、フグの猛毒と日本の歴史が深く関わる、**命がけの状況から生まれた
「隠語」**という背景が隠されていました。
この記事では、この「てっさ」「てっちり」という言葉の謎を解き明かすため、その語源から
豊臣秀吉の時代にまで遡る歴史的背景、そして地域による呼び名の違いまで、徹底的に深掘り
解説していきます。
すべての謎の鍵は「鉄砲(てっぽう)」という異名にあり
「てっさ」「てっちり」の語源を理解するために、まず知っておかなければならないのが、
フグに付けられたある「異名」です。
その名も**「鉄砲(てっぽう)」**。
なぜ、魚であるフグが「鉄砲」と呼ばれたのでしょうか。
その理由は、両者にある恐ろしい共通点にありました。
「当たれば死ぬ」
鉄砲の弾に当たれば命を落とす。
そして、フグの毒に「中(あた)る」と、同じく命を落とす。
この致命的な危険性をかけた洒落、あるいは警告として、フグは「鉄砲」という物騒な
ニックネームで呼ばれるようになったのです。
「タマ」に当たる、という言い方もあったようです。
かつてフグ食は、現代のように安全が確立されたものではなく、まさに命がけの行為でした。
この「鉄砲」という言葉こそが、「てっさ」「てっちり」という言葉を生み出すすべての始まりとなります。
「てっさ」の語源:鉄砲の「てつ」+刺身の「さし」
謎を解く鍵である「鉄砲」という言葉がわかれば、「てっさ」の由来はスムーズに理解できます。
- まず、フグの異名である**「鉄砲(てっぽう)」**を用意します。
- この「鉄砲」の頭文字**「てつ」**を取ります。
- そして、**「刺身(さしみ)」**という言葉を用意します。
- この「刺身」の後ろの部分**「さし」**を取る説と、「刺身」そのものを短縮したという説があります。
- 最後に、この二つを繋げます。
「てつ」(鉄砲) + 「さし」(刺身) → 「てつさし」
この「てつさし」が、時と共に発音しやすく変化し、**「てっさ」**という呼び名として定着したのです。
つまり、「てっさ」とは「鉄砲(フグ)の刺身」を意味する隠語だったわけです。
「てっちり」の語源:鉄砲の「てつ」+「ちり鍋」
「てっさ」の構造がわかれば、「てっちり」も同様に解き明かすことができます。
- ここでも、フグの異名である**「鉄砲(てっぽう)」**を使います。
- 同じく、頭文字の**「てつ」**を取ります。
- 次に、鍋料理の一種である**「ちり鍋(ちりなべ)」**を用意します。
- ちり鍋とは? 白身魚の切り身を、野菜や豆腐などと一緒に昆布だしで煮て、ポン酢醤油などで食べるシンプルな鍋料理のこと。「魚の身が、熱湯に入れるとチリチリと縮むから」という説が名前の由来とされています。
- この二つを繋げます。
「てつ」(鉄砲) + 「ちり」(ちり鍋) → 「てつちり」
この「てつちり」が、これもまた発音しやすく変化し、促音便化して**「てっちり」**という呼び名になりました。
つまり、「てっちり」とは「鉄砲(フグ)のちり鍋」を指す言葉だったのです。
なぜ隠語が必要だったのか?豊臣秀吉まで遡る「ふぐ食禁止令」
では、なぜわざわざ「鉄砲」などという物騒な隠語を使って、こっそりとフグ料理を呼ぶ必要があったのでしょうか。
その背景には、安土桃山時代まで遡る、日本の**「ふぐ食禁止令」**の長い歴史がありました。
きっかけは豊臣秀吉の朝鮮出兵 時代は16世紀末、豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)のため
に、全国の武士を九州の名護屋城(現在の佐賀県)に集結させた時のことです。
多くの武士たちが、その道中や駐屯地である関門海峡周辺(現在の下関など)で、豊富に獲れるフグを食べました。
しかし、当時はフグの毒に関する知識も調理法も未熟だったため、中毒死する者が続出。
兵力の低下を恐れた秀吉は、**「河豚食禁止の令」**を発布し、武士がフグを食べることを固く禁じたのです。
江戸、明治へと続く禁止令 この禁止令は武士だけでなく庶民にも広がり、江戸幕府の時代になっても
多くの藩でフグ食はご法度とされ続けました。
明治時代になっても、法律で禁止されていた時期があったほどです。
しかし、「禁じられれば破りたくなる」のが人の常。
そして、命がけでも食べたいと思うほど、フグは美味しかったのです。
庶民は、お上の目を盗んで、闇でフグを売買し、食べていました。
その際、おおっぴらに「フグをくれ」とは言えません。
そこで生まれたのが、**「鉄砲、一丁!」**といったような闇取引の合言葉だったのです。
「てっさ」「てっちり」という言葉は、このような権力による禁止と、庶民の飽くなき食への
探求心との間で生まれた、スリルに満ちた食文化の結晶とも言えるでしょう。
ちなみに、この長い禁止令が解かれるきっかけを作ったのは、初代内閣総理大臣の伊藤博文です。
彼が下関の料亭でフグを食べ、その美味しさに感動し、山口県知事に働きかけたことで、
山口県からフグ食が解禁されていったという話は非常に有名です。
関西と関東での呼び名の違いと現代での使われ方
「てっさ」「てっちり」という呼び名は、主に関西地方、特に食い倒れの街・大阪で生まれ、
定着したと言われています。
フグの消費量が全国一である大阪の食文化が、この言葉を育てたのです。
一方、**関東(江戸・東京)では、古くから「ふぐ刺し」「ふぐ鍋」**というストレートな呼び方が一般的でした。
現在では、テレビや雑誌などの影響で「てっさ」「てっちり」という名称は全国区の知名度を誇り
ますが、今でも高級料亭などでは、関東風に「ふぐ刺し」とメニューに書かれていることも少なくありません。
もしあなたがフグ料理店を訪れた際に、メニューの表記が「てっさ」か「ふぐ刺し」かを見て
みると、そのお店のルーツやこだわりが垣間見えて面白いかもしれません。
まとめ:命がけの食文化が育んだ、奥深い言葉の世界
最後に、この記事の要点をまとめます。
- フグの異名は**「鉄砲(てっぽう)」**。理由は「当たれば死ぬ」から。
- **「てっさ」**は「鉄砲の刺身(てつさし)」が語源。
- **「てっちり」**は「鉄砲のちり鍋(てつちり)」が語源。
- これらの言葉は、豊臣秀吉の時代から続く**「ふぐ食禁止令」下で生まれた隠語**である。
「てっさ」や「てっちり」という一風変わった響きには、日本の厳しい歴史と、それでも美味しい
ものを追い求めた庶民のしたたかさ、そして食への情熱が凝縮されています。
現代の私たちは、先人たちの努力と、確立された調理技術のおかげで、安全にフグ料理を堪能することができます。
次にあなたが「てっさ」を注文する時、その一皿の向こう側にある、命がけの物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
きっと、その味わいはさらに深いものになるはずです。


