3月上旬、寒グレ釣りの最終章。
長年、40センチの壁を越えられずにいたタカシは、今年もまた、いつもの磯に立っていた。
冷たい風が容赦なく頬を叩き、磯に打ち付ける波しぶきが、冬の終わりを告げていた。
「今回こそは…!」
そう意気込み、タカシはいつものように竿を振るった。しかし、時間は刻々と過ぎていくばかりで、
釣れるのは小さなグレばかり。
「やっぱり、今年もダメなのか…」
諦めかけたその時、彼の竿が大きくしなった。今までにない、強烈な引き。
「来た…!デカいぞ!」
タカシは、興奮と緊張で震える手で、慎重にリールを巻き始めた。
ゴツゴツとした岩場の感触、冷たい潮風、そしてリールを巻く指先に伝わる、今までとは明らかに
違う重量感。心臓が早鐘のように打ち、アドレナリンが全身を駆け巡る。
ドラグ音が、けたたましく磯に響き渡る。今まで感じたことのない重量感に、タカシは膝を磯に
つき、体全体で魚の引きを受け止める。
「頼む、バレないでくれ…!」
何度もそう呟きながら、ゆっくりと、しかし確実に、魚を寄せていく。
竿先が海面に突き刺さりそうになるのを耐えながら、少しずつ距離を縮めていく。
魚の引きが弱まった瞬間を見計らい、渾身の力でリールを巻く。その繰り返し。息をするのも忘れ、
ただただ魚との格闘に集中するタカシ。
そしてついに、海面に姿を現したのは、今まで見たこともないような、威風堂々とした巨大なグレだった。
黒々とした魚体が、太陽の光を浴びて鈍く輝く。その圧倒的な存在感に、タカシは息を呑む。
「マジか…」
信じられない気持ちで、タカシは目を凝らした。
慎重にタモ網を差し込み、静かに、そして力強く掬い上げる。
ずっしりとした重みが、手に伝わる。
計測してみると、なんと50センチの大台に乗っていた。
「うそだろ…?」
タカシは、信じられない気持ちで、ただただ魚を見つめる。
夢にまで見たサイズ。
震える手で、そっと魚に触れる。
その感触は、冷たく、そして力強かった。
「やった…やったんだ…!」
込み上げてくる感情を抑えきれず、タカシの目には熱いものが溢れた。
それは、長年の努力が報われた、最高の瞬間だった。
そして、時は流れ、5月並みの暖かさを記録した週末。
タカシは、今度はアオリイカを求めて、夜の海へと繰り出した。
「今日は、ウキを使わない、道糸の感覚だけを頼りにする、研ぎ澄まされたヤエン釣りで勝負だ。」
静かに活アジを送り込み、神経を集中させる。闇夜の海に、道糸が吸い込まれていく。
…息を呑む瞬間。
ジーーーーーッ!!!
道糸が、ゆっくりと、しかし確実に引き出されていく。
「来た…!デカいぞ!」
アオリイカがアジを抱き始めた証拠だ。慎重に、慎重に、アオリイカの動きを感じながら、
ゆっくりと寄せる。そして、頃合いを見て、ヤエンを投入!
あとは、己の勘を信じて、アオリイカとの綱引きを楽しむのみ!
グググッ…!
ロッドが大きく弧を描き、リールが唸る!
上がってきたのは、風格漂うキロアップのデカアオリ!
「最高だ!」
タカシは、満面の笑みを浮かべた。
春を告げるかのように、二つの奇跡がタカシに訪れた。
それは、彼にとって忘れられない、最高の春の思い出となった。


