はじめに
焼いたときに香ばしく、ほどよい塩気と脂が食欲をそそる「サンマの丸干し」。
実はこれ、和歌山県南紀地方の代表的な郷土料理として知られています。
でも、
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「なぜ南紀でサンマの丸干し?」
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「サンマって東北や北海道の魚じゃないの?」
と不思議に思う方も多いのではないでしょうか。
この記事では、サンマの丸干しが南紀の郷土料理になった理由、始まりの時期、背景となる地理的・文化的要因についてわかりやすく解説します。
結論:サンマの丸干しは江戸時代後期から南紀の保存食として定着!
南紀地方では江戸時代後期(18世紀末〜19世紀)にはすでに、サンマの丸干しが保存食・地元の食材として定着していたとされています。
とくに那智勝浦や串本、太地などの漁村地域で盛んに作られてきた背景があります。
なぜサンマの丸干しが南紀の名物に?
① 黒潮の影響でサンマが近海を回遊する
南紀の沿岸には黒潮(日本海流)が流れ込んでおり、秋になると北から南下するサンマが沿岸近くまでやってきます。
特に那智勝浦や新宮沖では、昔からサンマが豊富に獲れる時期があったのです。
② 冷蔵庫がなかった時代の保存方法として「干物」が必須
昔はもちろん冷蔵技術がなかったため、干物=保存食としての役割が非常に大きく、秋のサンマを冬まで持たせる知恵として丸干しが重宝されていました。
塩をふり、丸ごと干すことで保存性を高めたのが「丸干し」の始まりです。
③ 骨まで柔らかく、丸ごと食べられる家庭の味
南紀で作られるサンマの丸干しはしっかり干すのが特徴。
頭から尻尾まで丸ごと食べられ、ご飯のおかずやお酒の肴として昔から親しまれてきました。
丸干し文化は南紀の“乾物王国”としての一面からも
和歌山・南紀地方は「ひものの里」とも呼ばれるほど、乾物・干物文化が根付いている地域です。
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アジの開き
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ウルメイワシの丸干し
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サバのみりん干し
など、多種多様な魚を干物として加工してきた背景があり、サンマもその一つとして広まったわけです。
観光土産やふるさと納税でも人気の一品に
現代では、南紀のサンマの丸干しは、
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道の駅
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地元の鮮魚店
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ふるさと納税の返礼品
などとして全国の人に知られる存在となりました。
特に炭火で焼いたときの香りと脂の旨味は絶品で、「家庭で簡単に南紀の味を楽しめる」として人気があります。
サンマが獲れなくなった現在も、地元で作られ続ける理由
近年はサンマの漁獲量が減少し、南紀でサンマを直接漁獲する機会も減っています。
しかし、北海道や三陸産のサンマを仕入れて加工することで、丸干し文化はしっかりと継承されています。
地元の加工場では、
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秋に大量のサンマを塩漬け
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丸ごと天日干し
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真空パックで通年販売
といった工夫で、**「郷土の味」を守り続けているのです。
まとめ|サンマの丸干しは、南紀の知恵と自然が生んだ郷土の逸品
サンマの丸干しは、
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黒潮の恵み
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干物文化の蓄積
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保存技術としての知恵
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骨まで美味しく食べる家庭の知恵
がすべて融合して誕生した、南紀ならではの郷土料理です。
今では全国的にも知られる名物となり、和歌山の味=丸干しサンマというイメージも広がりつつあります。


