はじめに:釣った直後は臭わないのに…
釣り上げたばかりの魚に鼻を近づけても、海の潮の香りがするだけで、あの不快な「生臭さ」はありません。
しかし、クーラーボックスに入れて持ち帰り、家で捌く頃には独特の臭いが出ていることがあります。
「時間が経つと臭くなる」 これは感覚的な話ではなく、魚の体内で起きている明確な「化学反応」の結果なのです。
今回は、魚臭さの真犯人「トリメチルアミン(TMA)」について解説します。
1. 犯人はTMA:無臭の物質が悪臭へ変わるメカニズム
魚の悪臭の原因物質、それが**トリメチルアミン(TMA)です。
実は、生きている魚や新鮮な魚の体内には、このTMAはほとんど存在しません。
その代わり、前段階の物質であるトリメチルアミンオキシド(TMAO)**という成分が大量に含まれています。
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生きている時(新鮮な時): 「トリメチルアミンオキシド(TMAO)」として存在。 これは無臭の物質で、旨味成分の一種でもあります。
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死後(鮮度劣化): 魚に付着している細菌や酵素が働き始めます。 細菌はTMAOを分解(還元)し、酸素原子を奪い取ってしまいます。 すると、無臭だったTMAOが、悪臭を放つ「トリメチルアミン(TMA)」へと変身してしまうのです。
これが、魚が死んで時間が経つと臭くなる科学的な理由です。
2. なぜ海水魚の方が臭くなりやすいのか?
川魚よりも海水魚の方が、腐った時の臭いが強烈だと感じたことはありませんか?
これには「浸透圧」が関係しています。
海水魚は、塩分の高い海水の中で脱水されないよう、体内の浸透圧を調整する必要があります。
その調整役として体内に多く蓄えているのが、無臭の「トリメチルアミンオキシド(TMAO)」なのです。
元となる成分を大量に持っているため、鮮度が落ちて細菌が増殖すると、それらが一気に悪臭成分
(TMA)に変わり、強烈な臭いを発するようになります。
3. 釣り人ができる「TMA生成」を止める方法
一度発生してしまったTMAを完全に消すのは大変ですが、生成を遅らせることは簡単です。
キーワードは**「細菌の活動停止」**です。
① 低温で保存する(キンキンに冷やす)
TMAを作り出す細菌は、温度が高いと活発に増殖します。
逆に、温度を低く保てば活動は鈍ります。
釣った直後からしっかり氷を効かせたクーラーボックスに入れることは、
単に「冷やす」だけでなく、「化学反応を止める」という意味があるのです。
② 血と内臓を取り除く
細菌や酵素は、主にエラ、内臓、血液に多く含まれています。
現場で内臓を出し、血抜きをしておくことで、TMAへ変化させる「触媒」を物理的に減らすことができます。
4. 発生してしまった臭い(TMA)を消す科学
もし持ち帰った魚からTMAの臭いがしてしまったら、化学の力で対抗しましょう。
トリメチルアミンは**「アルカリ性」で「揮発性」**という特徴があります。
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酸で中和する(酢、レモン): アルカリ性のTMAは、酸性の物質と混ざると中和され、不揮発性の塩(えん)になります。 つまり、酢水で洗ったり、レモンをかけたりすると、臭いが空気中に漂わなくなります。
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水で洗い流す: TMAは水に溶けやすい性質があります。 調理前に流水でさっと洗う(特に腹の中)だけでも、表面のTMAは除去できます。
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牛乳に漬ける(カゼインの吸着): 牛乳に含まれるコロイド粒子(カゼイン)は、TMAを吸着する性質があります。 ムニエルなどにする場合、牛乳に10分ほど漬けると驚くほど臭いが取れます。
まとめ:鮮度管理は「化学反応」との戦い
「魚臭さ」は、魚が本来持っている臭いではなく、死後の変化によって作られるものでした。
無臭のTMAOを、悪臭のTMAに変えないこと。
私たちが釣り場で必死に魚を冷やし、素早く締めるのは、この化学反応を阻止するためだったのです。
この仕組みを知っていれば、これからの鮮度管理がより一層丁寧になるはずです。

