「新鮮な活魚」の象徴として、飲食店や市場の生け簀(いけす)で泳ぐカンパチ。
しかし、よく見ると口をパクパクと激しく動かし、胸ビレを不自然に震わせている…。
そんな光景を見て、「なんだか苦しそう」「弱っているのでは?」と心を痛めた経験はありませんか。
今回の画像(カゴの中)のカンパチも、まさにその状態です。
そして、あなたはこう考えたかもしれません。
「カンパチは回遊魚だから、泳ぎ回れない狭い場所だとダメになってしまうのでは?」
その直感、半分正解です。
しかし、直接的な苦しさの原因は、もっと差し迫った「ある問題」にあります。
この記事では、なぜ生け簀の魚たちが口をパクパクするのか、その生物学的な理由と、回遊魚ならではの宿命について、詳しく解説します。
1. 結論:最大の理由は「酸欠(酸素不足)」
魚が水中で行う「口をパクパクする」行為は、人間でいう「ハァ、ハァ」という荒い呼吸(あえぎ)と全く同じです。
彼らが苦しそうに口をパクパクする最大の原因、それは**「溶存酸素(水に溶け込んでいる酸素)の不足」、すなわち酸欠**です。
- 密閉空間の宿命: 生け簀やカゴ、輸送用の水槽は、水の量が限られています。 その中に多くの魚が入れられると、魚たちは一斉に呼吸をし、水中の酸素をどんどん消費していきます。
- 酸素の供給が追いつかない: 酸素は水面に波が立つことで空気中から溶け込みますが、狭いカゴの中ではその供給量が、魚たちが消費するスピードに全く追いつきません。
- 苦しさのサイン: 酸素が足りなくなると、魚は少しでも多くの酸素を取り込もうと、必死にエラに水を送り込む動作をします。 これが、「口をパクパク」と「胸ビレの不自然な動き(エラ蓋と連動しているため)」の正体です。 これは非常に危険な状態で、体力を著しく消耗しています。
2. あなたの疑問:「回遊魚が回遊できないとまずい?」は正しいか
ここで、冒頭の疑問「回遊魚だから泳げないとまずい?」に戻りましょう。
これは酸欠をさらに加速させる、非常に重要な要因です。
止まると呼吸ができない「ラム換水法」
カンパチ、ブリ、マグロなどの高速で泳ぎ続ける回遊魚は、特殊な呼吸方法をとっています。
- ラム換水法(Ram Ventilation): 口を半開きにしたまま泳ぎ続けることで、新鮮な水を自動的にエラに通過させて呼吸します。 自分でエラを動かす必要がないため、非常に効率的です。
- 止まることの恐怖: この呼吸法に特化した魚は、逆に**「泳ぐのをやめる=呼吸が非効率になる」**ことを意味します。
狭い生け簀やカゴの中では、彼らは自慢のスピードで泳ぎ続けることができません。
そのため、普段は使わない「口とエラを能動的にパクパクさせる呼吸(バッカル・ポンプ法)」に切り替えざるを得ません。
しかし、これは彼らにとって非常にエネルギーを使い、非効率な呼吸です。
泳げないストレスと、慣れない呼吸法での疲労、そして前述の「酸欠」が組み合わさることで、カンパチは極度の苦しさに陥るのです。
【まとめ】 カゴの中で起こっていること
- 泳げない → 回遊魚特有の効率的な呼吸(ラム換水法)ができない。
- ストレス発生 → 狭い場所に閉じ込められ、ストレスで酸素消費量が激増。
- 水質悪化 → 魚の密度が高く、水中の酸素が急速に消費され「酸欠」になる。
- 苦しい → 必死で口をパクパクし、酸素を取り込もうとあがいている状態。
3. 酸欠とストレス以外の要因:「水質の悪化」
酸素不足と並行して、もう一つ深刻な問題が進行します。
それは、魚自身の排泄物による**「水質の悪化」**です。
- アンモニアの発生: 魚はフンや尿から、有害なアンモニアを排出します。
- エラの機能不全: 狭いカゴの中でアンモニア濃度が高くなると、魚は中毒症状を起こします。 特にアンモニアはエラの組織を傷つけ、酸素を取り込む能力そのものを奪ってしまいます。
つまり、**「酸素が薄い」上に「その薄い酸素を吸うためのエラがダメージを受ける」**という、まさに地獄のようなスパイラルに陥っているのです。
4. まとめ:活魚の「苦しそうな姿」が意味するもの
生け簀のカンパチが口をパクパクさせているのは、**「酸素が足りない!苦しい!」**という命のSOSサインです。
それは、限られた水量、回遊魚がゆえに泳げないストレス、そして水質悪化が重なった、非常に過酷な状況を示しています。
もし釣った魚を生かしておく場合(活かしクーラーやスカリなど)は、水の交換を頻繁に行う、エアポンプ(ブクブク)で酸素を強制的に供給する、魚を入れすぎないといった対策が、魚へのダメージを最小限に抑える鍵となります。


