釣り人は魚を釣るために釣りをしている。
そう思われがちですが、実は少し違います。
魚は確かに結果であり、ご褒美です。
ですが、釣り人の心を動かしている本質は、そこではありません。
行く前から、もう釣りは始まっている
釣行の数日前。
天気予報を何度も見返す。
風向き、風速、潮の動き、水温。
去年の同じ時期の釣果を思い出す。
「この風なら、あそこが風裏になるな」
「満潮前後がチャンスか」
この時間、正直かなり楽しいはずです。
まだ一匹も釣っていないのに、もう心は海にある。
釣りは竿を出す前から始まっています。
前日の準備が一番ワクワクする
仕掛けを組み直す。
針を結び直す。
クーラーを洗う。
氷を用意する。
道具を並べて眺める。
この時間、無駄ですか?
いいえ。
むしろ、釣りの中で一番濃い時間です。
結果がまだ見えていないからこそ、
「明日はどうなるだろう」
という期待が膨らむ。
この期待こそが、釣り人を動かしています。
ボウズでも、なぜまた行くのか
もし釣り人が「魚」だけを求めているなら、
一度ボウズを食らえば、もう行かないはずです。
ですが現実はどうでしょう。
ボウズの日ほど、帰り道に考えます。
「あの時間帯が悪かったか」
「タナを外したな」
「仕掛けを変えるべきだった」
そして、こう思う。
「次は絶対に釣れる」
この瞬間、もう次の釣りが始まっています。
釣り人は失敗すら楽しんでいる。
いや、正確に言えば、失敗を次に繋げる過程を楽しんでいる。
魚は目的ではなく、物語の終点
魚は確かに嬉しい。
釣れた瞬間は脳が震える。
ですが、魚は物語のゴールであって、
物語そのものではありません。
・考える
・準備する
・挑戦する
・外す
・修正する
この一連の流れこそが、釣りです。
魚は、その答え合わせに過ぎません。
だから釣りは飽きない
釣りは同じ条件が二度と来ません。
天気も、風も、潮も、魚の動きも、
すべてが微妙に違う。
正解が毎回変わる遊びだから、
何年やっても飽きない。
釣り人は魚を釣りに行っているようで、
実は「考える時間」と「期待」を釣りに行っている。
釣りの価値は、魚の数では測れない
クーラーが空でも、
「今日は楽しかった」
そう言える日があります。
逆に魚が釣れても、
「納得できなかった」
そんな日もある。
この違いが、すべてを物語っています。
釣りの価値は、魚の数ではありません。
どれだけ頭を使い、どれだけ期待し、どれだけ夢中になれたか。
まとめ
釣り人が本当に欲しているのは、魚ではありません。
・行く前の情報収集
・前日の準備
・釣れなかった理由を考える時間
・次こそは、と思える余白
これらすべてを含めた「釣りという行為そのもの」
だから今日も釣り人は、また海を見に行くのです。
魚がいなくても。
夢と期待だけを持って。

